―― 行政コストの「民間転嫁」とプライバシー侵害の限界点
毎年11月から12月にかけて、多くの会社員が年末調整の書類を提出する。生命保険料控除証明書を探し、配偶者の収入を確認し、住宅ローンの残高証明書を添付する。この光景は日本の職場では当たり前のものとして受け入れられている。
しかし、この「当たり前」には構造的な問題が潜んでいる。年末調整制度は、行政コストを抑えながら正確に税を徴収するという目的において、世界的に見ても優秀な仕組みである。納税者の大半が自ら確定申告をする必要がなく、税務署の業務負担も大幅に軽減されている。
だが、その裏で限界が見え始めている。企業への過度な負担転嫁、従業員のプライバシー侵害、そして社会構造の変化によるミスマッチ。本稿では、年末調整制度の功績を正当に評価しつつ、現代社会との間に生じているズレについて考察したい。
年末調整とは、毎月の給与から源泉徴収された所得税の合計額と、その年に本来納めるべき税額との差額を精算する仕組みである。源泉徴収は概算で行われるため、年末に正確な税額を計算し直し、過不足を調整する必要がある。
この制度は1947年(昭和22年)に導入された。戦後の混乱期、国家財政の再建が急務であった中、効率的に税を徴収する仕組みとして設計された。当時の日本社会は大量雇用・終身雇用が前提であり、ほとんどの労働者が一つの企業に長く勤めるという構造があった。
このような社会においては、企業が従業員の税務処理を一括して行うことは合理的だった。従業員は税の知識がなくても適正に納税でき、税務署は個別対応の手間を省けた。企業・従業員・行政の三者にとって、一定の均衡が保たれていたのである。
年末調整制度を各主体の視点から評価すると、その恩恵と負担が偏在していることがわかる。
| 観点 | 評価 | 補足 |
|---|---|---|
| 行政(税務署) | ◎ | 徴収漏れがほぼなく、人員削減が可能 |
| 企業 | × | 無償の行政代行業務、法的リスクを負う |
| 従業員(利便性) | ○ | 自分で確定申告しなくて済む |
| 従業員(プライバシー) | × | 家庭事情が会社に把握される |
注目すべきは、企業にとって年末調整は本業上の直接的なメリットがある業務ではないという点である。企業は法令上の義務としてこの業務を行っているに過ぎず、正確に処理したからといって売上が増えるわけでも、従業員の生産性が向上するわけでもない。
率直に言えば、企業にとって年末調整を行うメリットは一切ない。
本来、税の徴収と計算は行政が担うべき業務である。しかし年末調整制度においては、その業務の大部分が企業に転嫁されている。企業は従業員から書類を集め、内容を確認し、計算を行い、税務署に報告する。これらはすべて無償で行われる。
経営者の視点から見れば、雇用関係とは「労働の提供」と「対価の支払い」というシンプルな契約である。従業員が働き、企業が給与を払う。それ以上でもそれ以下でもない。しかし年末調整制度は、このシンプルな関係に「従業員の税務処理の代行」という余計な義務を付加している。
中小企業にとって、この負担は決して軽くない。専任の経理担当者を置けない企業では、社長自身や少人数のスタッフがこの業務を担っている。繁忙期に本業とは関係のない事務作業に時間を取られることの機会費用は、数字には表れないが確実に存在する。
年末調整を通じて、企業は従業員の私生活に関する多くの情報を把握することになる。
配偶者の有無とその収入、子どもの人数と年齢、障害のある家族の存在、離婚や死別の事実(ひとり親控除)、住宅ローンの借入額、生命保険・医療保険の加入状況、iDeCo(個人型確定拠出年金)への加入など。
これらの情報は、雇用契約の遂行に直接必要なものではない。従業員が業務を遂行する能力とは無関係であり、企業が知る必然性のない情報である。
問題は、こうした情報が意図せず社内で共有されてしまうリスクである。経理担当者が同僚の離婚や障害のある家族の存在を知ってしまう。住宅ローン控除の申請によって借入額が人事部門に把握される。ひとり親控除を申請すべきかどうか、プライバシーとの兼ね合いで悩む従業員もいるだろう。
さらに深刻なのは、こうした情報が人事評価や処遇に影響を与える可能性である。「住宅ローンを抱えているから辞めないだろう」「子どもが多いから転勤させにくい」といった判断が、意識的にせよ無意識的にせよ行われる懸念は否定できない。
年末調整制度のこうした問題点は、以前から存在していた。しかし、長らく顕在化しにくい状況にあった。
戦後日本の雇用慣行は、終身雇用と標準的な家族モデル(夫が稼ぎ、妻が家庭を守り、子どもが2人程度いる)を前提としていた。「会社は家族」という意識が強く、家庭の事情を会社に知られることへの抵抗感は今ほど強くなかった。
また、控除を受けることで得られる実利が、プライバシーを開示するコストを上回っていた。情報を渡すことの不利益よりも、税金が還付される利益のほうが大きいと認識されていたのである。
つまり、問題が「存在しなかった」のではなく、社会構造によって「顕在化しにくかった」というのが実態であろう。
しかし、社会は大きく変化した。
終身雇用は崩壊し、転職は一般的なキャリア選択となった。副業やフリーランスとして働く人も増えている。家族の形態も多様化し、離婚、再婚、ひとり親、事実婚など、かつての「標準」に当てはまらないケースが珍しくなくなった。
同時に、個人情報保護への意識は急速に高まった。プライバシーの権利は基本的人権として認識され、企業が従業員の私生活に関する情報を把握することへの違和感は以前より強くなっている。
会社と従業員の関係も変わった。「会社は家族」ではなく、対等な契約関係として捉える人が増えている。そうした中で、業務に必要のない個人情報を会社に渡すことへの抵抗感が生まれるのは自然なことだろう。
日本の年末調整制度は、国際的に見るとかなり特殊な仕組みである。
多くの国では源泉徴収制度は存在するが、各種控除の申告は「個人と税務当局の間」で完結する。米国では原則として全員が確定申告(Tax Return)を行い、企業の役割は源泉徴収のみに限定される。欧州諸国でも、税務当局が自動計算を行ったり、個人が直接税務署に申告する仕組みが一般的である。
いずれの場合も、企業が従業員の家族構成や私生活に関わる情報を把握する必要はない。日本のように「企業が従業員に代わって各種控除を含む税額調整を行う」仕組みは、国際的な標準からは外れている。
これだけの問題があるにもかかわらず、なぜ制度は変わらないのか。
税務署にとっては、企業に任せておけば人員を増やす必要がない。政治家にとっては、年末調整の改革は票になりにくいテーマである。経済団体は法人税率や規制緩和など、より優先度の高い課題を抱えている。
そして労働者の多くも「面倒だから会社にやってほしい」と考えている。確定申告の手間を考えれば、現状維持を望む声があるのも理解できる。
結果として、誰も旗を振らない構造が出来上がっている。問題意識を持つ人はいても、それを政策課題として押し上げる力学が働きにくいのである。
では、どのような改善が考えられるだろうか。段階的な移行を想定して整理してみたい。
まずは現行制度の枠内での改善である。控除証明の電子化を徹底し、マイナポータルとの連携を強化することで、企業の事務負担を軽減できる可能性がある。すでに一部は進んでいるが、より一層の推進が望まれる。
次の段階として、扶養控除、障害者控除、ひとり親控除など、プライバシー性の高い項目を年末調整から分離し、確定申告に移行することが考えられる。企業は基礎的な源泉徴収のみを担当し、個人が税務署に直接申告する選択肢を提供する形である。
最終的には、税務当局による自動調整への移行が望ましい方向性ではないだろうか。マイナンバーを活用し、控除情報を国が一元管理する。企業には「算出された税額」のみを通知し、原則として個人申告とする。希望者のみが企業による調整を選択できるようにすれば、プライバシーと利便性の両立も可能になる。
「全員に確定申告を求めるのは現実的ではない」という意見はあるだろう。しかし、税務当局による自動調整が実現すれば、多くの人は確定申告すら不要になる。北欧諸国などでは、税務当局が計算した税額を通知し、異議がなければそのまま確定する仕組みが機能している。
「税務署の負担が増える」という懸念もあるが、デジタル技術の進歩により自動処理の範囲は拡大している。短期的なコストはあっても、長期的には効率化につながる可能性が高い。
「企業も従業員の情報を知りたいはずだ」という見方については、それ自体が問題であると言わざるを得ない。業務に必要のない情報を把握することは、本来あるべき雇用関係の姿ではない。必要な場合には、別途本人の同意を得て取得すべきである。
年末調整は「悪い制度」ではない。設計された当時の社会においては合理的であり、長年にわたって機能してきた。問題は、社会構造の変化によって負荷の偏りが目立つようになったことである。
雇用関係は、労働の提供と対価の支払いというシンプルな関係に立ち返るべきではないだろうか。プライバシーを守りながら効率的に税を徴収する仕組みへの移行は、技術的には十分可能である。あとは政治的な意志の問題だと言える。
「働き方改革」が叫ばれて久しいが、年末調整制度の見直しは、その議論の射程に入ってもよいテーマではないか。企業の負担を軽減し、従業員のプライバシーを守り、それでいて税の適正な徴収を確保する。そうした制度への移行について、社会全体で議論を深めていく時期に来ているように思われる。
(了)